自分のこと(第三話)・テリトリー
ホテルのスカイバーに着く。
大切な営業先やクライアントのために何度か使ったことのあるバーだ。
しかし、案内された席に向かう途中、私は違和感を感じていた。
バーテンダーのほとんどが彼女に親しげな笑みを含んだ会釈をしている。
まぁこれほどの美人だしな。
誇らしげな思いで納得した。
しかし、それは完全な勘違いだと知る。
席に着いた私たちの前にボトルが置かれた。
彼女の定番の銘柄のバーボン!!
バーテンダーが言う、「お連れ様も飲み方はいつものでよろしいですか?」
同意を確認する目線を私に投げた彼女はバーテンダーに対してただ微笑んで頷く。
ここは彼女の『行きつけ』、テリトリーだったのだ。
なんて格好悪いんだ・・・
自慢げにエスコートした店が彼女の行きつけだったなんて・・・
娘ほど歳が離れている彼女を私は心のどこかで小娘と甘く見ていたことを反省した。
歳は私の方が倍も上だが組織内の役職では彼女の方がレイヤふたつは上だ。
日々の作業範囲、責任範囲、つまり『世界』は彼女の方が数倍は広いのだ。
一瞬だが、彼女に対してやっかみを感じた。
そんな小男の反省で惨めな気持ちに浸っていると彼女が肩で私にタックルしてきた。
その心地良い痛みににわかに驚いて彼女を見ると、茶目っ気たっぷりの顔で彼女が言う。
「見る目ありますね! 私の好みが見抜かれちゃった気がします」
なんて粋なフォローなんだろう。
このビジュアルにこの心遣い、モテまくるのが当然としか言えない。
人気の夜景を眺めながら、私は有頂天の時間を過ごした。
日付が変わった。
そろそろ勝負と腹を決めて彼女に尋ねる。
「運転手さんには控えてもらってるのですか?」
会社から運転手付き社用車での出退勤を義務付けられている彼女は、飲み会からの帰宅でも好きにできない不自由さを愚痴ったことがあった。
「いいえ、今日は流石に帰ってもらってますよ」
この「今日は流石に」の言葉に私は小躍りした。
実は部屋を取ってあるので、朝までお付き合いください。
そう口から出かかった時、彼女の言葉は続いた。
「今日は彼が迎えに来てくれることになってますから」
その「彼」という言葉に、ご主人に対する未だ鮮度の落ちてない恋愛感情を感じた私は、浅はかな勘違いまみれの自分の期待が一瞬にして崩壊したショックで思考停止に陥った。
(続く)