オヤジの一目惚れ片想い

クロスボーダーおやじの片想いブログ

自分のこと(最終話)・活路はアナザーワールド

25時近くのエントランスに着く。
5、6台のタクシーが客待ちで並んでいる。


「今日はご馳走様でした! 楽しかったです!」


男を骨抜きにするその笑顔は嘘や社交辞令を微塵も感じさせない。


「お付き合い頂き、本当にありがとうございました」


あああ、ここで別れたらもう二人の時間を感じることはできないのか・・・!
ふと思い出した。


「セカンドライフでしたか、私が住人になったらお会いいただけますか?」


本気?!と聞こえてきそうな表情で彼女が答える。


「もちろん、やぶさかではないです。だって、別の世界ですから」


よし!想いを伝え続けるチャネルは確保できた!


「そのお言葉を抱いて今日は眠れそうです」


気を良くした私は、「彼」の迎えを待つという彼女を残してタクシーに乗り込んだ。
もちろんフェイクだ。


手を振る彼女を確認し、運転手に告げる。
半周りして反対側のエントランスで降ろしてください。
そういうの勘弁してよ!と言わんばかりの運転手に5千円押し付けて降りる。
フロントフロアを通り抜け、探偵よろしく先ほどのエントランスに出た植え込みの影に身を潜める。


プロジェクトの飲み会の席で何度か話には聞いていたが、「彼」を一目見てやりたい衝動に駆られていた。


恋人を心待ちにする女子大生のような彼女が居た。
青山、表参道辺りを歩くとスカウトの嵐というのが得心できる。
こんな女を待たせることができる男はまったく幸せ者だと思った。


暫くすると迫力のエギゾーストノートを響かせる一台のGT-Rが彼女の前に横付けした。
白が彼女、黒が「彼」のGT-Rと聞いていた。
「彼」は白で迎えにきた。


運転席側のドアが開き、一人の男性が降りてくると、安堵の表情で黙ってその顔を見上げる彼女を抱き包んだ。
ヒールを履いて190cmになろうという彼女を余裕で包み込んでいるその長身は衣服越しでも鍛え上げられているのがよくわかる。
彼の肩越しに彼女の表情が見えた。


私が見たこともない恍惚とした表情の彼女が居た。
無防備なまでに安心し切った、全裸と表現できる彼女が居た。
女、いや、恋する少女そのものの彼女がそこには居たのだ。


こいつが365日毎朝クンニリングスで彼女を起こしてる変態目覚まし君か!!
そしてそのまま朝セックスにシフトするのがルーチンという話を飲み会で彼女から聞いた若手連中の前屈みの姿を思い出した。


この顔は「彼」だけのものなんだな・・・と悟った。
飲み会で若手連中が「彼」のどんなところがいいのか彼女に尋ねたことがある。


「とにかく嫌な想いをしたことが無い、言動を嫌とか理不尽と感じたことが無い」


へぇー!と感心する一同に彼女は続けた。


「知性と感性のレベルがマッチすることと互いの食欲と性欲のリズムがシンクロすること! それが完全なパートナーシップの礎だと思いますよ」


なるほどー!と頷いてた連中と後日飲んでいる時に、こんな話が出て一同落胆の共有をしたことがある。


正直初っ端の「知性のレベルのマッチ」要件でもう無理ですよ、あの回転の速さに追いつくことさえ至難の業でしょ。
そうそう、彼女の言う事半分も理解出来ずに彼女にストレス与える自信しか無いです。
最悪、彼女が言ってることが理解できてないことにも気付かずに嫌な思いさせるだけとか・・・


超のつく難関大学を卒業し、優秀な成績で入社試験を通過したそこそこの連中をしてここまで言わしめる要求仕様。
もちろん彼女がそんな要求を突きつけてくるわけではないが、彼女を知れば知るほど自分の役者不足を感じずにはいられない・・・、それだけなのだ。


付き合い始めてから数えて10年以上、彼女にストレス与えることなく対応できている「彼」は、彼女の同門の先輩ということを加味しても雲の上とさえ感じる。


平たく言えば、そこそこ利口程度では彼女にストレスを与えるだけなのだ。
凡人からしたら言葉が足りない、難しくて行間など読みきれない・・・
しかし、彼女は悲劇的なまでに優しい。
彼女と共に仕事をした経験を持つ誰もが「ドMですよね」と口にするほど「献身的」かつ「自己犠牲的」に彼女は優しい。


「奇跡の一人」と学生時代に出会い、完璧なパートナーシップを築き、毎日相思相愛を実感しているリアルワールドの彼女の目には「彼」以外の存在は恋愛対象として映り得ない。
そんな「彼」という至高の存在(オアシス)があるからこそ、関わる誰に対しても献身的、自己犠牲的な優しさを持てるのだろうと私は勝手に推測している。


しかし、インワールドと呼ばれるセカンドライフの中では数人との結婚生活を除き、彼女は失敗の山を築いている。
大学生でセカンドライフを始めた頃から彼女を知る何人かに聞く限り、その失敗の原因は上述の通り、単なる役者不足と思われる。
身も蓋もない言い方だが・・・。


パートナーシップを解消した後も彼女から離れずにいる方達とは話す機会があるので聞く。
断言できるが、何人かの方達は「失敗の山」には含まれない。
ただ単に「目移りした自分の気持ちを抑えきれない生まれながらに自由奔放」な彼女の犠牲者なだけだと私は思う。


モーションブラーを残しながら遠ざかる四つ目のテールランプを眺めながら、私は決意した。


リアルはどう考えても無理!
セカンドライフに集中!
まずはプレゼンスの確保!
そして、リアルとは別人のように凹みまくる彼女を支えてポイントを稼ぐ!


こうして「クロスボーダーストーカー」が誕生した。


「秘宝」を鼻先に当て、「彼女」を鼻腔に満たしながら、朝まで一人酒を飲める店を探した。